陸奥新報☆望遠郷☆第一回掲載

先日、陸奥新報の「望遠郷」に院長の故郷を想うエッセイの連載がスタートしました!!

ブログで院長のプロフィールが紙面で掲載されたと書きましたが、

さすが、院長。患者さんやご友人方から、新聞見ました!楽しみにしています!とのお声をたくさんいただいていました。

院長の青森を愛する気持ちが溢れています。

こちらは執筆中の院長(^O^)♪

普段はパソコンは使用しませんが、学会の発表や論文など、ご自分で作成していたこともあり、サクサク打てます!

「婦長より、早く打てる!」と言われてしまいました。。。

では、院長の青森愛のエッセイを津軽地方の方だけでなく、みなさんにお届けします☆

 

 

富士山が世界文化遺産に登録された日、筆を執った。

津軽富士岩木山を見て育った私は、中里から見る姿が大好きだ。小学時代絵は岩木山以外描くことはなかった。先生は「正典は岩木山馬鹿だ」と先生をあきれさせたほどだ。春夏秋冬一刻として同じでなく、心の中にそびえ立っている。

心の故郷津軽。故郷の風景は人によってそれぞれ違う。昭和19年10月、旧満州旅順市省旅順市にて生まれた私は、両親のお陰で残留孤児になることな く昭和21年8月炎天下の焦土の日本に引き揚げ、両親の故郷青森に辿り着いた。帰青後、医師だった父は、母の叔父で医師の芳賀徳蔵先生の計らいで、父は浪 岡の津軽病院で4年間働いた。そこまでの記憶はほとんどないに等しい。その後母の実家で開業のため中里町(現中泊町)に移った。中里小中学校、今年創立 130周年を迎えた弘前高校と進み、弘前大学医学部卒業後は外科医として弘前大学病院、をはじめ五所川原市、むつ市、旧木造町、田子町と20年にわたり県 内全域を回った。まさに青森県に育てられたと言って過言ではない。中学校の恩師、白川キヌ先生は青森の銘酒を送ってくださる。亡き弘高の奈良孝先生や桜庭 順三先生は「死んでもおめだぢのことは忘れない」とわれわれ弘高38会をおだててくれた。そのせいか県会議員が2人も出て、西谷洌君は議長を務めている。 弘大の担任でドイツ語の富沢成美先生とは入学以来48年のお付き合いである。80歳を超えてもなお健脚で山菜取りに出かけては、収穫したウドなど送って下 さる。私の元気の源である。

函館市立病院外科での研修を経て、弘前大学医学部外科学第二講座(現消化器外科講座)に入局した。大内清太教授、同門会「三葉会」の槇哲夫教授ら多 くの先生方の指導の下、外科医として、人間としても鍛えられたのは言うまでもない。特に今充弘大名誉教授には教わることが多かった。父の直腸がん手術は今 先生の指導無くして出来なかった。また今回の執筆楽しみにしているとお便り頂いた。いつまでも出来の悪い息子のように気にかけてもらい頭が下がります。先 生方のほか、患者さんにも育てられた。医者になって43年、多くの方を見送り、死亡診断書は1,000通をはるかに超えた。深い悲しみのなかで、ご遺体を 解剖させて頂いた多くのご家族に心から感謝の意を表します。解剖によって多くの学びがあり、それを次の患者さんの生還に生かすことが出来た。それは医師と して私の大きな宝物である。

高砂のそば、研修医時代、食べたいがために貯金までした仁平寿司、シャンソン酒場の漣ちゃん、料理上手な「無」のママ―豊富な海の幸や山の幸に魅力的な人々など、枚挙に暇がない。どう考えても私は青森県に育てられた。

 

昨日の院長秘書が書いたブログにもありますが、「万象皆師」 「感謝」そのものを院長が出逢ったすべての人に表していますよね。。。

掲載された後も「私も同じ先生に習ったことがあります!」など、津軽の皆さんは共感し、懐かしく思うところが多かったようです。

院長を育ててくれた青森県、ありがとうございます!

その恩恵を受けて私たちスタッフも毎日院長もとで教えて頂いています!

次回も楽しみにしていてくださいね☆

婦長でした。

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