フライパンの上のアヒル-漢方薬で癌が治った-(膵内分泌癌:女性)

ペラルゴニウム

まさか漢方薬で「癌」が治るとは思わなかった。

いや、癌活動が「弱まった」状態で、5年間キープして「完治」だという。ワチキ(私)はまだ「弱まった」状態が1年5カ月。後3年7カ月間、漢方薬 を服用し「完治」となる。癌活動が「弱まった」宣言を先生から平成20年12月に聞いた時は、天にも舞い上がるほど嬉しかった。「癌=死」の恐怖から、解 放された気分だ。

「無知は恐ろしい」。ワチキの子供時代は病気だとすぐに、「医者に行きなさい」と西洋医学が万能と思い込まされて育った。「戦争を知らない子供達」 と言われ、「苦労知らずのわがまま勝手の変種、新人類」と白い目で見られて育った。退職時は「団魂の世代」と差別用語で呼ばれ、「がむしゃらに働き、高度 成長へ日本を推進した」が、「バブルが弾けて、日本の成長繁栄は泡沫となって消えてしまった」、その犯人のような扱いを受けたのだ……。

だから漢方薬と言えば、昔お婆ちゃんが煎じていた薬を知っている程度だ。考えてみると、人間は長い長い年月を自然にそって生きてきた。自然界の動植 物の薬になる物を、試行錯誤しながら何千年の年月を経る中で調合し、病を治してきたのだ。そう、「漢方薬は人類の英知の結晶」であったのだ。近代になり西 洋医学と食糧で人の寿命は飛躍的に延びたが、西洋医学のみを盲目的に信奉するのは危険である。病状に合わせて東洋醫学、西洋医学の「良いとこ取りする」の が、与えられた命をまっとうするコツと、見つけたり。

「人間はいつかは死ぬもの」とワチキはうそぶいていたが、あきらめ心や悟った心には程遠かった。「膵内分泌癌肝転移」が平成18年6月に発覚する と、「まだ死にたくない!」とジタバタし、「癌は治る」の謳い文句に釣られて民間療法の谷間をさまよっていた。癌難民だ。まるで炎に焼かれたフライパンの 上で、「アッチ! アッチ!」と足をバタバタさせてうち騒ぐアヒルのようだった。あまりにもぶしつけで、人に話すのも恥かしい……。

きっかけは、定年退職者にプレゼントされた「人間ドック」での、「肝臓の数値が少し高い。要精密検査」という結果だった。ワチキは健康で元気だった から、それまでは職場の定期健診しか受けたことはなかった。「多臓器転移」の診断に、癌が広がり最悪の病状だと驚き泣くことはない。ものは考えようで、発 見され難い膵臓癌が発見されたのは、肝臓に転移していたおかげだ。「膵内分泌癌は進行の遅い癌。多臓器転移だから手術は不可能。治療は抗癌剤投与のみ」 と、国立の癌専門病院の医師(以下、西洋さん)は言った。

そして6月から抗癌剤を打ち始めた。仕事を続けながら、週1回抗癌剤投与を3回。1週休みでワンクールだ。これをえんえんと繰り返すのだという。 5、6回抗癌剤を投与した夏、風邪を引いたような軽い咳や体のだるさに悩まされだした。抗癌剤の薬害だ。10月末に抗癌剤投与9回目で投与を中止した。

「治るんですか?」と医師に聞くと、「抗癌剤は癌の活動を抑え込むだけで、完治はしない。一生投与し続ける必要がある」と気の毒そうに言うではない か。治療は抗癌剤投与でも、何時か完治するなら薬害も我慢しよう。しかし「一生投与し続ける」では、癌の活動を抑え込めても、「ワチキはほかの病気で死ん でしまうわい!」。健康だった身体がドンドン不健康になっていく。

でもほかの治療法でなにか効くものがあるのだろうか? と悩みながらの、辛い決断だった。本や噂を頼りに、「引き受け気功」や「3リットル水飲み療 法」を毎日やった。4カ月後、病院に検査に行くと、肝癌の1番大きい腫瘍(発覚時25mm。ほかに大小8個)が数ミリ大きくなっていた。「ワー、どうしよ う!」と焦って、治療法を探した。人の心は弱いものなり。

癌発覚後2回目の夏、癌に特効があるというラジウム温泉に出掛けた。何カ月も先まで宿屋は満杯で予約が取れないため、親孝行を兼ねて実家に泊っての 日帰温泉の予定だったが、9月になって急に予約がとれ2泊3日で泊まれた。毎月2泊3日ぐらい通うと効果が出てくるというが、そんなには通えないし、陰気 な病人の話ばかり聞きながらじっと湯に浸かっていたら、病気が悪化しちまうわいと、ふたたび行くことはなかった。

次に、家の近所のスポーツジムに入会して、フラダンスを習い始めた。長閑なハワイアンの歌に合わせて手や腰を優雅にクネクネさせたら、身心共に健康 になり免疫も上がるに違いないと考えたのだ。あとはプールでひと泳ぎして、屋上の風呂にのんびり浸かりながら風景を愛でている。高い空、太陽がオレンジ色 の光燐を撒き散らして沈んで行く。明度の落ちた空に薄墨が一刷毛ずつかさなって行く。

長い勤めの間はこんな風にのんびりする時間を持てなかった。なんと豊かなこと。「これで癌は治る!」と思いながら、「もっとチャンとした治療をしな いと癌は治らないかもしれない。だって癌は手強いもの」と脅迫観念に襲われて、またアレコレ探し始めた。笑ってやって下さい。根性無しのワチキでありん す。もう秋になっていた。

「世界一周船旅」を連れ合いと申し込んだ。「退職したら、楽しいことをイッパイやろう」とワチキは思っていたからだ。出発は来年の5月中旬。それまでに完治して世界へ! と本を頼りに新しい治療法が決まった。

「足揉み治療」と「薬を使わないで病気を治す療法」。「足揉み治療」は、足の裏には体中の臓器が集まっている。そこを揉む事により臓器の汚れも取れ て細胞が活性化し、血流リンパ液の流れも良くなり病が治ると言う。桐棒で揉み込むので、痛いこと半端じゃない。「この痛みで病が治る」と心で念じて耐えて いたのだ。

「薬を使わないで病気を治す療法」は、玄米菜食1日2食と健康補助食品で病を治す。これは辛かった。趣味を持ち意識をほかに持って行くのがコツとい うが、食べたくて食べたくて、食うことばかり浮かぶ。健康補助食品は、液体、粉、練り状で自然の物から作られているが、結構値段が高い。

新しい治療を始めたことを某ちゃんに話すと、「プールで泳いで風呂でのんびりしていれば、癌なんか治っちまうよ。そんな節操の無いことでどうする!  そんな根性無しだから、癌が大きくなるんだ! まァ、君がやることだから、止めんけど……」と、案の定、叱責の声と呆れ声が飛んできた。わかっている よ。でも、癌が治る確固たる療法が欲しいのよ。「癌で死ぬ」と思うと恐ろしくって、心が奈落の底に落ちて行くのよ。

「まだ死にたくない。生きたい!生きたい!長かった勤めも子育ても終わり、これからワチキの本当の人生が始まる、楽しみはこれからだというのに。エエイ、死んでなるものか!」心の底からふつふつと、負けじ魂が湧きあがってくる。ワチキは強欲でありんす。

12月に西洋さんに検査に行った。新しい治療で、癌腫瘍が小さくなっているのではあるまいか、と軽い期待があったのだが、しかし腫瘍は10mm程大きくなっていた。ガァ~ン!

さらに、肝臓のGOT、GATの数値が高くなっていた。ずーっと平均値に戻っていたのにだ。こ、これはどうしたことだ!高価サプリや辛い食事療法に 耐えているのに、何ということだ。そういえば、さらに効果を高めようと11月初め、6日間の断食をした。「食べ物を最小限に取り、血液を綺麗にすると、癌 細胞が血液に戻っていく」という千島学説の療法だ。本を参考に自己流で粥から重湯、禁食、重湯、粥へと戻していった。

「玄米食に変えると体がドンドン変わり肝臓に負担も行くから、そういう現象も起きうる」と薬を使わない先生が言うので安心した。もしかして、断食し ながらサプリは飲んでいたため、肝臓に負担が行ったのではあるまいか、と疑った。今となっては確認のしようがない。「肝臓の組織が壊れていますね」という 西洋さんの言葉は、ワチキの小さな胸をチクリと刺した。

馬車馬の如くに

平成20年、新しい年が明けた。穏やかな正月だ。
正月気分で浮かれてはいられない。ワチキはさらなる癌完治治療法を模索していた。去年、「癌の患者学研究所の集会」に参加して、何人もの癌が治った講師達 の話も聞き、元気をいただいた。「治るお手当」が幾つもあることを知った。「自然療法」の本を買って、人間は自然と共に生きる大切さを学んだ。本には病状 に合わせた薬草や手当が書いてあった。

「ヒャー、こんなには出来ないわ」コンニャク療法。里芋パスタ等々。枇杷葉温灸と足揉みを自分でもやることにした。早朝に散歩し、深呼吸をやりなが ら「治る想念」をやる。まあ、1日が「癌治し」のスケジュールでにわかに忙しくなった。週1回、フラダンスとプールと風呂。足揉み治療院。

「生命力の強いスギナを煎じて飲むと、万病に効く。長期服用で腫瘍も消えた」話にスギナ茶も飲むことにした。スギナを摘んで来て干して煎じる手間だ けで、なんせタダなのだ。あれが効く、これがいいと躍起になって探し回り、出掛けるのも必要最小限になり、自作の癌撲滅作戦メニューを律義にこなしてい た。そんなある日、某ちゃんが言った。「君は信念が無いよ。あれやったりこれやったり、何処かにもっと素晴らしい、治療法があるんじゃないかと、右往左往 して血眼になって特別なものを探しているけどね、出口のない迷路にドンドンはまり込んでいるだけだ!」

本人の意志を尊重することが大事だと、彼はめったなことでは口を挿まないことにしていたが心配で仕方がなかったようだ。「色々やったなかから、自分 に合ったもの、一番いい方法が残っていくのだと思うわ」「それならいいけど……治療法や食事療法も大事だろうが、なにをどういう姿勢で取り組むか、コレと 決めてやることのほうが大事だと思うけどな……。家主が迷ってばかりいると、癌ちゃんも迷ってしまって、居座るんじゃないのか?」彼はからかい半分の、お どけた口調でいった。

「とーちゃんは自分が癌じゃないから、そんなのんきなこといっていられるのよ。癌は怖ろしい病気よ。あなどったら、死んでしまう!」ワチキはむきに なっていった。「あなどれなんて、誰も言ってやしないだろ!」と強い口調で言って言葉を切った。堪え性がプツンと切れてしまい、さらに言いまくった。「癌 を心配して恐怖に震えながら、好きなこともやらずに人生を送るのか、好きなことをやって充実した人生を送るのか……一度の人生、どちらの人生を選ぶのがい いか、答えは明白だろ?」「そんなこと言ったって、癌が増殖して体中に転移して、死んだらどうするのよ!」ワチキはヒステリックな声を上げた。

「死んだって、なんだ! 癌はすぐ死ぬわけじゃないだろ。人間はみんな何時かは死ぬんだ。死ぬときがわかってないから、のほほんと生きているだけ だ。家に閉じこもって療法をして……楽しいこともしないでなんの人生だ! 好きなことして幸福感に充たされていれば、免疫も上がって癌細胞を押さえ込んで いられるんだ。治す力は自分の力なんだよ!」

確かに、水仙や梅が咲いても、ワチキは楽しむ心のゆとりがわいてこなかった。これも結果が出るまでの辛抱だ。3月は待望の検査。これだけやったから、さぞかし、良い結果が出るに違いない。ワクワク。

結果は今までで最悪。腫瘍も増大。肝臓の数値も上がっている。数値は出ていなかった腫瘍マーカーに数値が出た。アー、どうしよう、どうしよう。これ では世界旅行に行けないではないか。桜の花も咲き初め、「ホーホケキョ」とホトトギスが鳴いている。ワチキは泣くに泣けない。旅行は北回りで、アイスラン ドやグリーンランド、アラスカの北の果てから、ガテマラ、ベルー等中南米まで足を伸ばす。「黄熱病」の予防接種が義務づけられていた。

「黄熱病」は、かの有名な野口英世が黄熱病の研究中に感染して、「ワチキには分からない」という言葉を残して命を落とした病だ。蚊を媒介して発病 し、出血や肝機能障害を引き起こし、黄疸で肌が黄色くなることから、黄熱病と言われる。予防接種でその病原菌を体に入れたのだ。菌が体の中で暴れている、 肝臓の細胞が壊れているのに、大丈夫だろうか? ワチキの心は不安にチリチリと乱れた。3月下旬、接種会場で医師の問診があった。「大丈夫でしょう」医師 が何事もなくいうので接種した。しかし、何かあったら、死ぬのは自分だ。トホホホ~。

「玄米菜食1日2食」の食事療法を始める前、48kgあった体重は、40kgまで落ちた。健康だと思っていたのは本人だけで、周囲の人は皆、病気が 悪化と心配していたらしい。4月に入って、ワチキの体重が37kgに落ちた。筋力も脂肪も無くなった体は、骨が浮き出し、皮が壁を作って垂れ下がってい る。顔は玄米食特有の黄土色。その夜、風呂に入って驚いた。細くなった足が、さらにひとまわり肉が落ちていた。内太腿は股関節から幾筋も縦じわが下に走り ゆるんでいる。丸く飛び出した膝骨の上下の肉は無くなり、深い窪みができている。膝から脹脛にかけて、骨に届くほど深い「くの字」の形が出来ていた。己の 足に死相を見た気がして、ゾッーと寒気がした。

異常な痩せ方に、「これは只事ではない。このままでは、死んでしまう!」と命の危険を感じて、恐怖に襲われた。「死にたくない、何としても生き延び たい。食べよう、しっかり食べて体力を付けるんだ!」という強い思いが湧き上がった。食事療法、サプリも即刻中止。食事を急に全部変えると体に負担がかか るから少しずつ普通食にした。とにかく、3食食べられることが嬉しい。

「大丈夫、これで元気になる」と自分にいい聞かせた。体力が付けば免疫もあがるだろう。「アー、おいしい。なんておいしいんでしょ。食べることっ て、こんなに嬉しいものなのね」ワチキは3度の食事のたびに、頬がゆるみ思わず笑いがこみ上げてくるのだった。「食べることは喜びであり幸せである」病を 治す食事療法が皮肉にも、ストレスになっていたのだ。

「世界一周船旅」は中止にしようか? 多臓器に癌を抱えて、こんなに痩せた体で、140日間の旅が続けられるだろうか? 灼熱の砂漠から氷河の北の 果てまで……。「足が温かかったから、大丈夫だよ。しっかり食べて、体力をつけていけばいいさ」と某ちゃんも嬉しそうに言った。

「でも、肝臓の数値が高いし、白血球の数値が2300に落ちているし……」、また、新たな不安に襲われていたワチキは、机上の血液検査表を手に取っ て言った。「性格だから仕方がないというが、不景気な顔して! しわだらけの顔して! そんなことばかりいって! 癌が大きくなって、本当に死んじゃう ぞ! いちいち気にしていると、その方が悪い! ということがわかんねえのか! 足が温かいのは体調が上向いていると証拠だと、せっかく俺がはげましたの に、君は人の気分を腐らせる名人だよ」、某ちゃんは腹立ちのあまりか、顔を歪め強い口調で言いつのった。

「わかる、わかる! 心で思ったことが、そのまま肝臓に響くのね。肝臓の良し悪しに直結。悪くても、よくなっていると思うこと!  そうね、旅行は 行きましょ」ワチキはおどけて言った。「それにね、“治す!”なんて、こすっからい考えが、駄目なんだよ。なるようにしかならねぇんだ。人生すべから く……。60まで生きたんだから、いいじゃねえか! 俺なんか、そう思っているよ。結局、きみは欲張りなんだよ。60過ぎは、頂きもんの人生、余りもんの 人生、本まもんの人生だ!」

旅行を決断させたのは皮肉な事に、「これだけやって何が足らんのよ!」という怒りだ。「癌撲滅大作戦」をこれだけ一生懸命にやっているのに、むしろ 大きくなっている事実に、恐がりで失敗を怖れるワチキはタガが外れてしまったのだ。癌は言い訳で、ぬるま湯につかっていたのではあるまいか? 勇気を持っ て、ここいちばんの勝負を掛けてみたほうがいいような気がしてきた。やりたいと思ったときがいちばん!「癌が治ったら……」「もう年だから……」などと理 由をつけて、諦めてしまうのはもったいない。たった一度の人生だ! 恐いけど進んでみようか……。

若葉が美しく風薫る5月中旬、出発の朝はふたつ玉低気圧の影響で、風が強く横殴りの雨。横浜大桟橋からベトナムに向けて、船は出航した。「イザ、進め! 世界の海に!」

白羽の矢、大あたり~

感激と思い出を胸いっぱいに詰め込んで「140日間世界一周船旅」から帰国したのは、残暑厳しい9月4日だった。帰国が10日間延びたのは、米国で アクシデントがあったためだ。行ってみれば、世界はどこもかしこも素晴らしく、感激が行ったり来たりで忙しいこと。オプショナルツアーにも目いっぱい参加 して、新たな感動と出会いにひたってきた。さらに、退屈な船内生活でも、見えるのは果てしない空と海ばかりの甲板で、膨大な宇宙のエネルギーを体中に満た してきた。これで癌は治るはずだった。

しかし横浜大桟橋に帰港した時、ワチキは悪くなっているような不安におののいていた。「治る」には心の作用が大きいから、「このザマでは治るわけないなー。このろくでなし!」と、ひとりごちて9時が過ぎるのを待ち、甲板から横内醫院に予約の電話を入れていた。

船内での講座「癌患者集まれ」の集会のとき聞いたさまざまな治療法のなかで、心の片隅に残ったのが漢方医だった。ワチキはもう行き場所を失い、途方 に暮れていた。癌は悪化の一途をたどっている気がする、「さまよえる癌難民」になり果ていた。しかし、嘆いてはいられない。「自分の体で、人体実験してる んだわ」と呟きながら、癌を治すために、自分に合った療法を求めて、また新たな一歩を踏み出すのだ。(「世界一周船旅」の様子は「海原遥か」に書いてあ り。アラ、ごめんなさい。未発表)

9月8日、ワチキは横内醫院のドアを開けた。背が高くがっしりした初老の先生は、胡麻塩の髪が肩上までゆるく波をうっている。笑顔が無ければ、仙人 か修験者のように見える。ワチキの病の経過説明を聞き、西洋さんのデータのコピー(血液検査、エコー、CT)に目を通した先生は、「先ず診察してみましょ う」という。ワチキは壁際のベッドに仰向けになった。

先生は「舌を出して」といって口中を覗き、「お腹を出して」と、ワチキの締まりなく出た腹(食事制限の反動か、旅の間中食べるのが嬉しく食べまくってしまった。トホホ)を押したり撫でたりし、腕をとって脈をみた。そう、ワチキの体の声を聞いているように。

アッ、そういえば西洋さんは一度もワチキの体に触れなかった。パソコンの画面(CT、エコー)を凝視し、血液検査表を眺め、病状をおごそかに宣言していた。病はデータのみでなく、体の治す力と心の作用が大きいのだ……これは基本的なことだと気が付いた。

次に、見たこともないおかしなことをやりだした。看護婦さんが、小振りな長細い懐中電灯のようなもの(半導体レーザという)を左手に持ち、その掌に 何かを入れた小袋を握り、レーザーの先っぽをワチキの体に向けながら、右手の親指と人差し指で輪を作っている。漢方さんがその輪に両手の人差し指をさし入 れて、両側に開こうと引っ張る。看護婦さんが掌の小袋を次々に握り変えて、お二人は同じ動作を何度も繰り返す。お二人の動作は流れるようにスムースだ。こ れがパワーテストだと後で知った。パワーテストの説明は無理。開発者大村敬昭博士の著書「バイディジタルパワーテストの実習」をご参照アレ。

先生と机を間に向き合って座ると、「やっぱり、膵臓癌と肝臓癌ですね。薬も見つかりましたよ」と先生がいう。ウッ、何でそんなことまで分かるのだ?  おったまげたァー。「膵臓癌でこんなに元気な患者さんが、来たのは初めてです。貴女は運のいい方だ」という。これを話の合間に4回繰り返した。最初ワチ キは、「病気、しかも死亡率の高い癌になって、何が運がいいものか!」と不満に思っていたから撫然とした顔をしていた。

3回目に言われたときに、ツイに頬がゆるみ笑顔になっていた。腹の底からの笑顔が出た。そうだ。喜ぶことが大事だったと悟れり。理屈で知っていて も、笑顔なんか出なかった。「肝臓癌は黄疸、下痢、吐き気等がすぐに出るんです。貴女は黄疸や下痢にもなっていない」と言われたので、「進行の遅い内分泌 癌だと言われました」と答えた。「出た場所が良かった。膵臓の頭の方だとすぐに黄疸が出るし、肝臓はもちろん出る。貴女は運のいい方だ。免疫も体力もあ る。病気を治す力があります」

『有難う御座います、感謝します』と、ワチキは心の中で何度繰り返したことだろう。「癌になった原因は何か、病院で言われましたか?」と聞かれた が、西洋さんは「分かりません」の返事だったし、ほかの治療院でも明確な回答は無かった。「原因も分からないでは、薬も出せないでしょ?」確かに。知りた いのは、癌になった原因と結果、ワチキに合った治療法と薬だ。

「原因は食事です。遺伝ではない」といって、「半導体レーザーによる診察結果と治療法」の表に、チェックをしていく。「癌の活動性:ある」「アデ ノ・ヘルペスウイルス感染」「トラコマーテス細菌感染」「電磁波被爆」「歯科合金:咬合」「煙草不適」「不適食品―牛肉、乳製品(理由:ウイルスの餌にな り易い。ホルモン剤、抗生物質、オッパイを出し続けさせる為に成長ホルモン投与)、玄米(知りうる限りの自然療法では玄米食を勧めていた。ハテ? 体を冷 やすという)」

ワチキの漢方薬は三種類。①半枝蓮湯:抗癌中草薬の代表といえる漢方で、ウイルス、細菌の入らない体を作る体質改善 ②桂枝二越一湯加減婢:ウイル ス、細菌を叩き、これらの入らない体を作る ③補中益気湯:肝臓、腎臓、胃腸の働きをよくし、免疫力を向上させる強力な力を持つ。

薬効を読んでいると、癌やウイルス細菌を叩くだけでなく、本人の体質改善や体自体を強くするものだった。それが大事なことで漢方治療は時間が掛かる のだと納得したり。「どれ程続けると治りますか?」と聞かずにはいられない。すると、先生は「3、4カ月で癌の活動がなくなるが、それから5年間続けて完 治です」という。

エッ?そんな短期間で癌が活動を停止するとは信じられない。この数年間のワチキは何をやってきたのだ。あの涙ぐましい努力は!半信半疑ながら4カ月 を待つことにした。また、先生はレベルの高い気功師だった。師の気を入れた小さな布を、胸と、患部の肝臓膵臓の上に貼って、気入りの名刺を後頭部のツボ脳 戸、頭の天辺のツボ百会、胸のツボ、華蓋に30秒ずつ当てて、癌が治るように強く念じると効果が増すという。これで万全なり。漢方薬や初診料を含めて、診 察代金9万円強だったのが辛かったけど……。一方、西洋さんの検査結果はいつものように、惨憺たるものだった。書くのもオゾマシイ。

12月24日、漢方さんの診察日に診察室に入ると、生真面目で頭の切れそうな若い男性が、先生の隣に座っていた。見学者らしい。先生は何時ものよう な手慣れた手順で、ワチキの舌を診、手首を握り脈を診、お腹に触って軽く押し、パワーテストをする。「癌の活動が無くなったよ」先生が笑顔で言う。ワチキ の心は、天までも舞い上がる。体もフワフワしたいい気分だ。「先生の励ましのお言葉に、何時も元気を頂きました。ありがとうございます」

10月の診察の折、「漢方では癌は治らない、と知人に言われたんですけど……」ワチキはオズオズ言ったことがある。人に言われると、定見を持たぬ根 性無しのワチキは、すぐに動揺してしまうのだ。「本に書いてあるのを読んでもいないのに、見識の無いことを言う。膵臓癌だって治っているんですよ」「人に 言われると不安になって……」と言い訳した。先生が怒気のこもった顔で強く否定したことで、ワチキはかえって安堵していた。

その本の後書きに書いてあったことが気に掛っていたから、「4年目の人が亡くなっているので、不安になります」と言うと、「不安なこと、悪いほうへ考えない。免疫を下げる。私のいうことを聞かなかったし……」先生は顔を上げずにうつむいたまま、静かに言ったのだった。

「貴女は幸運な人だと言ったでしょ! 膵臓癌の人は3倍4倍と物凄いスピードで大きくなるから、3カ月、4カ月で死んでしまうんですよ。できた場所がよかった! 癌のことを英語でなんと言いますか?」「癌」、知らないと首を振るだけで足りるのに、このお調子者め。

「それは日本語でしょ。キャンサーというんです。(キャンサーとは)カニ、手足をいっぱい出して増える。今はこの足がなくなった状態で、甲羅は残っ ているのでね、これをなくす体質改善に5年経たないと治ったとはいえない。今の薬も変わります。病院でこんなこと分かりますか? 原因を言いましたか?  今度行ったらビックリするよ」

先生は自信たっぷりに言った。初めて採血をした。薬は3種類だが、「半枝蓮湯」が無用になり、「ヨクイイン湯」(イボ、瘤を取り、作らない体を作 る。美肌効果もあるという)を使うようになった。ワチキの体がいい方に変化しているのだ。はからずも、豪勢なクリスマスプレゼントを頂いて、最高の気分 だ。薬代が5万円に下がったのも有難い。

平成24年4月中旬、夕方、ワチキは居間に座っていた。帰宅した某ちゃんが、「どうした? 何かあったのか? 思い詰めた顔をして……」と言いなが ら、テーブルの向い側に座った。気付かないうちに暗い顔をしていたようだ。「う~ん、今日は西洋さんに検査結果を聞き、午後漢方さんの診察に行ったんだけ ど……」と話し出した。

「腫瘍の影は増大増加傾向にある(発見時の3倍弱)、腫瘍マーカーの数値も上がっている。この状態で行くと癌の進行に伴う症状(痛み、肝機能障害、 癌の破裂、血管の破裂等)命に関ることが出る危険があります。治療が必要で方法は新抗癌剤投与、肝臓へのカテーテルがあります。治療せず様子を見る場合 は、急に命に関る症状が出る場合があるので、家のお近くの緩和ケアの病院を探しておいて下さい」と言われた。末期癌宣言だ。その足で、漢方さんへ診察に 行った。西洋さんの診察で落ち込むことが分かっていたから、午後に予約を入れておいたのだ。ワチキは賢い!

漢方さんの診察は正反対だった。「これ程腫瘍が大きいと、毒素がいっぱい出るから、体調不良、機能障害等が起きる。何でこんなに元気なのか? と西 洋さんは考えないのかね。抜け殻の腫瘍にウイルスが入って大きくしている」と言う。「このまま腫瘍が大きくなり続けると破裂したりしますか?」と聞くと、 エコーの写真を見ながら、「それも考えられるが、今は丸くなっている状態だから、傷つけない。癌はキャンサーで手足が出てゴツゴツして、人相が悪い。写真 を見れば直ぐ分かる、貴女のは人相が良いもの」癌は人相が悪いのか! ワチキは腹の底から笑いが、喜びが立ち昇って来た。薬の効果が早く出る為に煙草は減 らして。ウイルスが消えたら又吸えばいい」と、心憎い配慮。大いに元気を頂き、感謝、感謝で帰宅したのだ。きっと、西洋さんの言葉が頭を過り、落ち込んだ に違いない。

漢方さんはとてもワチキを喜ばせて、元気をくれる。西洋さんはやさしい顔で心底ワチキの病状を心配しているのは分かるが、検査結果で、ワチキの心を 奈落の底に突き落とす。「それなら漢方でやればいいじゃないか」。某ちゃんが迷いも無く言った。その一言で、ワチキの不安は払拭された。輝く春の陽光を浴 びたように、心が温かく満たされて行ったのだった。

憧れの彼方へ

南アルプス北岳山頂直下の急斜面は色とりどりの可憐な花々で埋まっていた。
「こんな土の無いガラガラの急斜面で、雨や風雪に耐えて生き延びて、こんなに可愛い花を咲かせて、健気じゃのう」

声を掛けずにいられようか。癌発覚以来、登山は止めていたから、再びこの頂きに立てたことがひとしお嬉しかった。それだけ心も体も元気になった証拠 だ。しかし歩みは遅い。「2泊3日で、白根三山(北岳、間ノ岳、農鳥岳)を越えて奈良田に下りていたのに、北岳だけとは情けない」とワチキはツイ愚痴が出 た。

「過去の栄光にすがっても意味ねえよ。いいんだよ、老人は老人のやり方で、地を這いながらも、やってりゃあいいんだよ」と某ちゃんが言った。癌のワ チキより、今回は彼の方がつらそうだった。「船旅が俺を変えちゃったのさ」と言うので、「運動もしないで、飲んでばかりいたからよ。皆甲板歩いたりして運 動していたわよ。自業自得!」と笑ってやった。しかし、「かーちゃんは自分の食料だけでいいから」とワチキを気づかってくれて、ザックの重量が違うのだ。

白根三山縦走の予定だったが、とても届かないことが昨日判明した。今までは広河原から歩き出して、その日に肩の小屋にテントを張っていた。しかし昨 日は、そこまで行くには時間がちょっと足りない。中腹のお池小屋にダウン。今日は肩の小屋を通過して山頂を越え、農鳥小屋まで行くつもりだったが、北岳山 荘でダウンした。

そういえば、お池小屋を出て草滑りの急登で、癌患者に出会った。白髪でがっしりした初老の男性。ザックが軽量だから小屋泊まりだろう。「僕は8年前 に肺癌になって抗癌剤でいったん消えたんですが、又肺や腹膜に転移したんですわ。今は強い抗癌剤を打っているんで、2週間は吐き気や下痢等で具合悪くて家 から出られない。あとの二週間で体力増強のために、こうやって山に登っている。7月は北アルプスに登りました。癌友で、「余命3カ月」と言われた奴は、ど うせ死ぬのなら、と沖縄から北海道まで歩き続けて、まだ元気で生きています。「余命6カ月」宣言の奴は、フルマラソンをやり始めてハワイのレースに参加、 今じゃ、アチコチのレースに出掛けてます」

イヤー、すごい人たちがいるものだ。8年も抗癌剤を打ち続けていたら、免疫がガタガタに落ちている筈だ。生きたいために、後の2週間を体力増強に当 てる姿は、痛々しくも壮絶だ。「ワチキも膵癌で肝臓に転移しています」と言うと、彼は興味を引かれた様子でワチキに向き直って、「ホウ、元気そうですね。 どんな治療をしてますか?」「漢方薬です。漢方は体に優しいですよ」 途端に彼は興味を失った様子で、「じゃ!」といって、歩き去った。彼は自分の信じる もの以外は耳を傾けない、偏狭さを持っているようだ。

21年の8月から10月まで、北岳から仙丈岳鳳凰三山等を、某とはいずり登った。

漢方薬は6月に「イボ瘤取り」がひとつ不要でふたつになり、10月には、ひとつだけとなった。嬉しいことに内臓臓器の強化や免疫強化は不要となり、 「イボ瘤取り」が戻った。ワチキはウイルス値が異常に高いことが血液検査で判明した。西洋さんではウイルス検査はしないので、聞いたことがある。「癌はウ イルスとは考えられていない」との返事だった。

それにしても、パワーテストの威力は、物凄いものだとビックリした。平成22年5月は九州の山々をのんびりと歩く予定だ。時間に急かされない退職後にやろうと、心づもりしていた。体が健康になると気力も充溢し、夢が広がっていく。それから、それから……。

病発覚から怒とうのように続いていた心の葛藤も薄れて、今、心は穏やかさに充たされている。パニックに襲われてジタバタし、あれもこれもと遠回りし 金も使い、高い授業料だったと、我ながら苦笑が漏れるが、それも通過点! と今はあっけらかんとして思えるのだから、「ワチキも大きく成長したものだ」と 自画自賛する。

これも「漢方薬」という大自然の恵みと、見識が高い漢方医に出会えたからこそ言えることだ。癌になったお陰で、随分と沢山のことを経験することに なった。優柔不断のくせに、「こうだ!」と思うとそれに拘ってしまい、他のことを見たり考えたり、人の意見が耳に入って来なくなる偏狭さや心配性、頑固で 硬い物を体と心に抱え込んでいると、自己分析する。「これも癌様のおかげ!」と思えてくるから、心の作用は計り知れないほど、偉大だ。

「人生はもっと幅を持って、ゆったりと生きると、もっと楽しくなるよ」と神さんが与えてくれた「福音」かもしれない。

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